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第二章 シェンダー鉱山

 荷馬車の中にマカは座っている。その正面にラジェと、他の仲間達が3人座っていた。

マカはどこに連れて行かれるのか不安で、孤独で押しつぶれそうだった。運ばれて2刻ほどがたったころ、荷馬車が止まった。目的地についたようだ。「人質を連れてこい」とラジェが先に荷馬車を降りた。つづいてマカは足を地におろした。

(ここは? 今は昼の時間なのに真っ暗……)


四方に高い崖で囲まれた場所に瓦礫と布で壁を作った簡素な建物が並ぶ。岩壁に穴が掘られ、鉱石採掘場跡地の看板がある。

「ここがシェンダー鉱山?」

 街道には点々と立てかけられたランプが乏しい光を放っている。マカは街の中央を歩く中で、建物からこちらを見る影に気づいた。そこには母親が子供を抱く姿や、子供達の中心で老婆が祈るように手をあわせる姿が見える。

(皆、痩せてる……こんな場所がドムナ国にあったなんて)

マカは高台にある建物に連れて行かれた。中に入ると、数人の民が並んでいた。中央に見覚えのあるヒゲをはやした男があぐらをかき、葡萄酒の入ったグラスを持っている。

挿し絵

「兄貴、人質を連れてきたよ!」

「おお、でかした!」

 中央の男が立ち上がりマカの前まで歩いてきて一礼をした。

「俺の名はガリバン、このシェルダーの街で長をしている。」

「あなた、昨日あたしを襲った1人ね?」

「おや、暗くても顔は覚えてくれてたのかい?」

 マカがガリバンの顔を覚えていたのは、右目が傷で塞がっているためだった。マカは深呼吸をしてガリバンを見て続けた。

「この場所はなに? どうしてこんなに暗いの?」

「ふん、威勢がいいな……お前は貴重な人間だ。これで我らはドムナ国王宮に正面から攻め入ることができる」

「攻め入るって……」

「お前のおかげだやっとチャンスがめぐってきたのだ、王女よ」

「……え? 王女?」

「温室で育てられたお前にはわかるまい」

「何を言ってーー」

 マカの言葉を遮ってガリバンは続けた。

「王族にだけ精霊の力が宿っているらしいが、お前が人質なら手も足も出せまい」

 そう言ってガリバンは笑みを浮かべ、葡萄酒を飲み干し、元にいた場所に座った。

「精霊の力……本当に精霊の力があるっていうの?」

 マカは精霊という言葉がでたことに驚いた。その様子を見ていたラジェが言った。

「どうやら現状を理解していないようだな」

ラジェが続ける。

「王家に精霊の力がまだ宿っていることは調べ済みだ。さっき、なぜこんなに暗いのか聞いたよね?ここは太陽の光も、月の光も届かない場所にあるからだよ」

 精霊の存在を否定しないラジェを見て、マカはその顔が不穏なおもむきになるのを見た。ラジェは目を細めて話しだした。

「数年前、ドムナ国の臣だった男が鉱石を発掘した。先代月陰王は喜び、鉱石をもっと採取するよう命じた。その時すでに経済や資産、国政などの大部分がルーイ国よりも劣っていることは明らかだった。

 しかし男は、少しでも経済の傾きを直せたらと、月陰王への忠誠を果たすために人知れず穴を掘り、人を集めてここを採掘場の街にしたんだ。……でも、月陰王は裏切った」

 その話を民たちも苦しい顔をして聞いている。ラジェが言葉を飲み込んだのを見て、ガリバンが続けた。

「青銅器が特産品としてルーイ国にも出回ったことで太陽王が視察に来ることになった。両域の共存を目的とされた訪問に、シェルダーの人間は誰もが平和をのぞんだ。だが先代月陰王はこの採掘場の半分を爆破してすべてを無かったことにした。

 男はその際に石に埋もれて事切れに言ったんだーー『王よ、見捨てないでくれ』ってな。その男こそが俺たちの父親だ。そして月陰王の親友でもあった」

「親父はもういない、無念のまま死んでいった。私たちは月陰王に復讐するために機会を待っていたんだ。なのに病なんかで死ぬなんて!」

 ガリバンの話を聞いて拳を固く握ったラジェが怒りをあらわに言い放った。ラジェの行き場の無い闘志に気づきマカは口を開く。

「だからって、罪のない王妃様や一族に復讐するっていうの?!」

 ラジェの肩はピクリと動き、下を向いて床を睨みつめたまま口を閉ざした。変わりにガリバンが口を開く。

「お前がしてるその髪飾りもここで採れた鉱石からできてる、俺たちは地上に出てコソコソと鉱石を売ることで生活しているからな。地上には沢山あるだろう」

 マカはコクンと頷いた。それを見たバルカンは少し微笑んで続けた。

「ここで暮らす民は俺たちにとって家族だ。小さいガキは太陽の光さえ知らない。あいつらが大人になっても存在を無視されるなんて絶えられんのだ。

 だから王妃に自分たちの存在をわからせる。正面からいって面会できるとは思えんからな、突破口となる人質をとることにした。そこで姫さんのことを知った。」

 バルカンがマカを指差した。

「ちょっと待って! あたし王女様じゃーー」

「公の場では顔を隠しているが、お忍びで外を歩くときこそ顔を隠すべきだったな」

「違うっていってるでしょ! それに、子供たちの将来を考えるのなら、尚更こんなことやめなさいよ! 返り討ちに合うのが目にーー」

 バルカンはマカを見て目を細めた。マカはそのあきらかに殺意のある視線にぞっとして言葉を切った。自分のことをドムナ国の王女だと思っている時点でさぞ憎いのだろう。

「結果、無惨に散ってもかまわない。皆覚悟はできている。」

「な……何を言ってるの?」

 うつむいたままのラジェの言葉にマカは絶句した。

(なに? なんなの? 命の尊さを何だと思っているの?! 子供たちがあたしみたいに両親のいない生活を強いられるの? スレイの家族だって同じ、巻き込まれる方は決してその命を見限ったわけじゃないのに……)

うまく言葉にすることができず、あふれそうになる涙を必死にこらえた。

ラジェはマカを縛っている縄をほどきながら、拳を握っていた先ほどまでとは違い、優しく話しかけた。

「この地下街からでることはできないよ。休みたいなら建物から出て右の突き当たったところに部屋を用意してある。今夜、王宮に攻め入るから、それまでにしばらく街の現状を見ていくといい。兄貴、私は先に王宮の様子を見に行くよ」

「ああ、頼む、動きがあれば笛で知らせを」

 ラジェが頷いて建物を出て行った。自由の身になったマカに逃げる気力はない。その様子を見ていたガリバンが立ち上がり話しだした。

「ラジェは、俺の妹でな。今年17になる。本当なら学校にも通って、友達もできて毎日を楽しく過ごしている年頃なんだよ。姫さんには悪いが、あいつのためにも人質の大任をきっちり果たしてもらいたい。……大層な取り計らいはできないがな」

 先ほどの殺意など気のせいだったかのように、優しい顔でそう言ったガリバンは部屋の奥へと消えて行った。



 

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