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第一章 旅立ちと出会い

 黒分二の刻(午前一時半過ぎ)になり、辺りの住民が寝静まったころ、マカとオルクスは静かに家を出た。ティアも風に乗り、その後につづく。

マカは清掃作業をしている時の服装で、手にはランプ、食料にパンとジャムを入れた鞄を右肩から左腰へ背負っている。


「さて、どうしよう……」

 分けれ道の前で立ち止まったマカは、腕を組んで考えている。左に伸びる道は、王宮下の街へ続き、夜も人でにぎわう。通ればたちまち声をかけられて内密ではなくなる。

もう一つの右に伸びる道は森の脇道を通り、目的地まで着くことができるが、一度ドムナ国の領土に入る必要があった。学校の外壁に沿って東に歩いた先が両国の境目になり、高さ3メートル程の門がある。そこには門番が立ち、休戦後の臨場体勢が伺える。ドムナ国から学校に通う生徒は通行許可証を持っているが、ルーイ国出身のマカはあいにく持っていない。


「そもそもこんな夜中に門を通りたいなんて、怪しまれて事情を聞かれるに決まってるわ……

 それでもマカはなんとか門をくぐるしかないと考え、右の道を進んだ。

「ワンちゃんだけなら街を渡れるんだけど……ごめんね」

 オルクスは「クウ」と小さく鳴いた。

ティアはクスリと笑い、マカの頭に肘をついた。

『ワンちゃんとはお前もかわいくなったものだ』

『うるさいぞティア』

 マカの知らない所でティアとオルクスの会話はされていた。



 学校につくと、外壁の凹みに身を隠した。そこから門番がいる門まで50メートルほど。門は固く閉まっている。

「どーやって切り抜けよう……ん?」

 マカが門番の様子を見ていると、門の上で何か影が動いている。暗くてよく見えない。

「なんだろう?……あっ」

 それが人影であることに気づき短く息を飲んだ。

瞬間、その人影が門番にのしかかり、一瞬で門番は役目を果たせなくなってしまった。

マカはその場から目線を放して身を隠すのに専念した。なぜ門番を倒したのか分からないが、見つかったら何をされるか。暗闇に潜む影に恐怖を覚えた。

人影は門の前に立ち、別れている道をキョロキョロと見て、街の光で空が明るく照らされている方へと走っていった。

『あいつは何者だ? ティア見えるか?』

『服装からしてどこかの従者のようだが・・・』

 ティアと精霊獣が話している横でマカは唯一聞こえる微かな足音が去っていくのがわかり緊張の糸をほどいた。

「なんだったの今の……でも、これで門が通れる!」

門の前まで来て、門番を様子を横目で見てみる。血が飛び散っているのを想像したが、どうやら気絶しているだけのようだ。マカは門番が殺されていないことに一息ついて、門を開けた。

「思った通り、こっちの門番も気絶してるわ。どこの誰か知らないけど感謝しなくちゃね」

 門のすぐそばで横たわっている門番の横を、小走りで極力静かに進んだ。太陽王宮に行くためには森の中を半日程かけて歩き、再びルーイ国に戻るため、もう一つの門をくぐる必要があった。



先ほどの門を抜けて2の刻がたった。辺りはまだ暗く、朝になるまでもう少し時間がかかるようだ。ふとオルクスが足を止めてつぶやく。

『何かいる』

ティアも何かの気配に気づいた。

『6、いや8人いるぞオルクス、マカから目を離すなよ』」

「ワンッ」

「え? ワンちゃん急にどうしーー、わ!」

 オルクスはマカの後ろから腰に頭をぶつけ、マカは前に倒れ込み両手をついた。

ドスッ

「いたた……何?」

 暗闇の中ではあるが、自分がさっきまで立っていた木に何か光るものが刺さっているのが見えた。それが矢であることに気づき、一気に背筋が凍る。

「そこの娘、一緒にきてもらおう」

 突然の発声に驚いて茂みを見ると、でてきたのは身なりがボロボロでひどく痩せた男達。一人が弓矢を持ち、あとの男は大剣を手にしている。

「ルーイ国の護衛犬を連れているのは偽装のつもりか?」

 マカは"偽装"という言葉が指す意味がわからず命の危険を感じた。その場を逃げようにも腰が抜けて逃げれない。座り込んでいるマカに男達がジリジリと迫りくる。オルクスは男達を睨みつけ先頭の男の足に噛み付いた

「ぐっ……何だこの犬は!」

 噛まれた男は犬を必死に振りほどいた。ティアはその現状をマカの頭上から見ていた。

『おのれ逆賊が! マカに手を出そうとするとは』

 怒りで風が乱れ、辺りの木々を激しく揺らしている。

「急に風が……いや収まった」

 風がなくなったのはティアが力を抑え我慢しているからだ。オルクスはティアに向けて言い放つ。

『ティア! 力を使え!』

 ティアは顔を横にふる。

『いやだ。ここまで来たのに、力を使ったら……』

 その表情は焦りと不安で固まっている。

オルクスが対抗している間、座ったまま後ずさりしていたマカは3人の男に囲まれた。

「なんなのあなた達! あたしをどうするつもり?」

 近くに落ちていた木の枝を手にもって胸の前に突き出した。鍛錬学を選考していれば少しは優勢だったが、マカの選考科目ではない。木の枝は案の定、マカの震えを拡張するものになっていた。

中央にいた男がそれを見てクスリと笑い、マカの質問に答えた。

「お前をシェルダーに連れて行く」

「シェルダーって……シェンダー鉱山?」

「お前は人質だ、大人しくついてこい」

「何であたしを……」

「抵抗すれば足を射止めて、引きずって連れて行っても良いんだぞ」

 後ろにいた男が弓を引いたのが見えて、とっさに目をつぶり身を小さくさせた。

「……う!」

 聞こえたのは矢を放ったであろう男の短い声と、ガッと鈍いが音。マカが目を開けると、足下に失速した矢が落ちていた。

「な……に?」

「何だお前は! ぐあ!」

 上を向くとマカの目の前に剣を構えた青年が立っている。その向こうにマカを囲んでいた3人の男が倒れているのが見えた。

「少し下がっていてください」

 青年は背中を向けたまま言い、マカは四つん這いになって後ろへ下がった。その様子を見ていたオルクスは青年の腕に”ドムナ国王立護衛団”の椀章を見つけ安堵する。

『助かった、門のところにいたのはあいつか』

 オルクスがそう言ったのには理由がある。護衛団というのは戦闘能力が高く、窮地からの脱出方法も学んでいるからだ。その腕章に気づいたのはオルクスだけでない。

「その腕章……間違いないようだな」

……男達は何かを納得したように目を見合わせた。それを見ていたマカはその意味がわからないでいる。

「どうやら例の件を知っているようだが、どこで聞いた?」

「月陰王の威厳が衰退した今、王宮は風穴だらけってことだ」

「……使用人になりすまし、事情を聞いたのか。戻ったらネズミのあぶり出しだな。お前たちの目的はなんだ?」

「教えるわけがない! てやー!」

 一人が青年に切り掛かってきた。

「だろうな」

 そう言って青年は男達の目の前で一回転し、高く跳ねた。男の一人はその行動に驚き、そのまま蹴りを一発くらい、切り掛かってきた男はスルリと交わされ、後ろから脇腹に拳を入れられ倒れた。

「くそ! ここは一度退け!」

 その様子をみていた一人が叫ぶと、男達は倒れた仲間に肩を貸し慌てて逃げていった。

「追っても無駄か、主力者は別にいる」



 

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