校庭に鐘が鳴り響き、午前の講義の始まりを知らせた。マカが通うのは右端にある高等部棟。高等部はAからEまでのクラス分けがされ、数学や国語の普通科目に加えて世界史学や精霊学、鍛錬学、調理学などいくつかの選考科目がある。
精霊学の教室では円状の机が黒板に向けて段々と並び、眼鏡を駆けた男の講師が中心で話をしている。講義の前にセラが軽く自己紹介をして指定された席に座り、講義が始まるとマカはノートを取りながら念入りに話を聞いた。
「つまり、かつて精霊は自然の中に宿り、人は精霊の偉大なる力を、精霊は人の聡明たる知恵を共用し、互いの均衡を保っていた。しかし、紀元前の天災以後、精霊の姿を見ることはなくなった。ここまでは2学期で習ったよな?」
教室には40名程の生徒がいるが、生徒の殆どが話を聞かずに教科書に落書きや、居眠りをしている。講師にそれを気にする様子もなく、日常的な光景といえる。
「3学期では、我が国ルーイと、隣国ドムナの情勢について詳しく学ぶ。現在の両王家は、その血筋を守るために近親婚はなくなったが、配偶者は臣下にあたる
……シーン…… 誰も答えない。
「答えた人には特別に、中間テストの細かい範囲を教えてあげよう」
「はい! 昨年末に月陰王がお亡くなりになり、今年は第十七代月陰王の即位が注目されています!」
やる気のなかった生徒たちは次々に手を挙げて答える。
「今は王妃様が職務を担っていますが、王座は空いたままであり、非常に不安定だと新聞に載っていました」
「次期月陰王候補に第一子王女様、第二子王子様がおられます。」
「どちらが即位されるのか、または臣からの次期王が現れるのか……謎です」
「王室内のことは数十年前より新聞に取り上げられることも少なくなりました」
「実際には替え玉が存在するって噂があります」
講師は腕を組み、ふむふむと頷いて言った。
「皆正解だ! 30年前、休戦になったときに両国の王族は臣同士の権力争いや、民の混乱をさけるため顔を伏せ、偽名を名乗るようになった。それによって無駄な争いは避けられているが、同時に王に対する民の関心の薄れも指摘されてきた。しかし、先代月陰王は両国に革命を起こし、その地位を再び確立したことで有名だが、それは何だ?」
「はい、両国の学校統一です」
セラが
「そう、もともと両国にあった学校を一つにしようと提案したのが先代月陰王、それに賛同し両国の境門から最も近い所にこの学校を建設したのが現太陽王だ。ところで両国の精霊は何か知っているかな?」
……シーン…… 一気に教室が静まり返る。またもや誰も答えない。
「はいっ知ってます! 太陽王は火の精霊、月陰王は闇の精霊です!」
「おおマカ、もう新しい教科書に目を通したんだね」
マカは目を輝かせて言った。
「やっぱり王宮には精霊がいるんですね!?」
「はは、教科書は王族に取って都合の良いように作られているからね……今は言い伝えのようなもので精霊は過去の産物と思った方がいい」
講師の苦笑いを含む言葉に、教室に笑いがおこる。
「精霊なんかいないんだって」
「いい加減にあきらめなよ」
あきれ笑いをしながら男子がマカに言った。
「精霊はいるわ! 見えてないだけで必ずーー」
「精霊水があれば見えると言われるが、あれは元々旅商人がついた嘘らしい」
マカの言葉を講師が冷静に遮る。
「紀元前までに精霊がいたのは認めるが、マカ、君はもっと僕のように古代精霊紀に興味を持つといい。未だに見たことの無い精霊獣の化石が見つかっているんだよ!」
講師にとってはさぞ素晴らしいことなのだろうが、マカは化石に興味はない。
「なんで? 人間は生きてるのになんで精霊だけ……」
質問しようとしたが、また笑い者にされると思い言葉を押し殺した。
講義終了の鐘がなる。
「両国の国政について、ここからは難しくなるから予習しておくように」
「はーい」と講義室から一斉に生徒が出て行く。
『まったく、コウシとやらは頭がいいのか悪いのか……マカ、気にするなよ』
ティアはマカの頭をなでてみたが、話しかけられた声にも、触れられた感触にも気づかないマカは、しょんぼりしてノートをカバンにしまい教室を後にした。
その後ろをティアが追いかける。セラはその様子をじっと見ていた。
午前の精霊学の授業だけが楽しみだったマカは午後の普通科目と、もう一つの選考科目である調理学を淡々とこなし、合間に精霊学の次回講習分の予習をした。
下校時刻になり、マカは自分の家とは反対方向にある街まで出て、市場でパンとハムを買い家路についた。
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