ポルコが言っていた意味が今ならわかる。いなくなった者の分も、幸せに暮らしてほしいと願うのは、いつも悲しみを背負った人間なのだ。
「彼女が泣けば、自分が泣いてしまいそうな……そんな気がした……」
スレイは、マカが自分に求めていたことの答えを知る。
『そうか……それを恐れて、すべてを話せなかったのだな』
スレイはうつむいたまま頷き、ティアはそれを見てうん、うんと頷いた。
『ならば良い! お前にならマカをまかせれる!』
スレイは数秒固まったあと、無表情でティアの方に顔を向けた。
「……今の話、聞いていましたか?」
『ああ! お前と我、マカに対する愛情は等しい!』
「…………」スレイは沈黙で返す。
『マカの笑顔を守ってくれるのだろう?』
満面の笑みに力が抜けた。スレイは心が軽くなった気がした。
「……はい、できる限りは」
「できる限りではだめだ!”絶対に”だ!」
「しかしティア様、私の目的をご存知なのでしょう? 彼女の側にはーー」
『我はお前に頼んでいる! お前なら、我も安心してマカの元を離れることができる』
「では……」
『ああ、精霊界に還るとしよう。しかし一つだけ頼みがある』
「はい、できることなら承ります」
『マカに、精霊水を飲ませてくれないか?……最後に礼をしたい』
「……わかりました」
マカの側を離れると決めた精霊を見て、悲しげに納得したスレイを見てティアは微笑み、空高く舞い上がった。
『約束だスレイ! マカを頼んだぞ』
ティアはビュウっと風をお越し、その場から消えた。一人、星が輝く夜空を見上げたスレイがつぶやく。
「悪いな……マカの側にはいてやれない……」
スレイは再び王宮に向けて走り出した。
ティアがシェンダーに帰った頃、マカは荷馬車に座っていた。
「王宮に向けて出発だ!」
馬に乗ったバリカンが先頭で大声を出し、大人数の民達は移動を始めた。
『もうすぐだ、もうすぐ会えるぞ……ん?』
ティアが荷馬車の上に座り、街の外れを通りかかった時、微かに精霊の気配がすることに気づいた。
『おお……誰か……れ……』
その声は、岩壁に掘られた無数の穴を通り、街全体に響く風の音に紛れて聞こえる。
『なんだ? 誰かいるのか?』
『か……王宮へ……』
ティアは荷馬車を離れ、穴を覗き、奥から聞こえてくる声を探るためにその洞窟に入った。
洞窟には至る所にクリスタルが輝き、ランプが薄暗い空間に明かりを灯していた。奥に進むと、神殿のように広い部屋があり、中央に大きなクリスタルが奉られている。そこに老人の姿をした精霊がいた。
『さっきから何を言っている?』
ティアはその精霊に話しかけた。声の主はティアに気づき驚いた様子で言った。
『おお、なんと美しい精霊じゃ……』
そう言って精霊はティアの前にふわりと浮いて近づいた。老人は今にも光が途絶えそうなランプを持っている。
『ご老人、精気がわずかのようだが……精霊界に還らないのか?』
『ああ、わしはドムナ王宮にいかねばならんのじゃ』
『ふむ、闇の精霊のようだが、精気を使えばどこにでも行けるだろう?』
ティアは、闇の精霊は下界のどこにでも移動することができるのは知っていた。しかし老人は答える。
『わしにはもう、自力で移動することも精霊界に帰る力もない。この地で果てるつもりじゃった……』
『王宮には行くために力を貸してもいいが、我もあまり時間がないのだ……』
『そうか……ところでおぬし、ティアじゃな?』
唐突に名前を出されたティアは驚いて質問する。
『む?ご老人、我とどこかで会ったか?』
『いいや、わしの目は特別でのう。ここから2つの国のいろんなことを見てきた』
闇の精霊を取り巻く黒い精気は、ときおりボっと音を立てて塵になって消えている。
『ならばシェンダーに起きたことも知っているのか?』
とティアが訪ねると、老人は深く何度もうなずいた。
『ああ、知ってる。知ってるぞ。これから起ころうとすることを止めるために、あの日のことを皆に見せなくてはならん、わしは王宮にいかなくてはならんのじゃ』
『ふむ、マカの手助けになるかもしれん……』とティアは考えた。
『わしはこの時をずっと待っていたんじゃ。せめて最後に王の……月陰王の威厳を守りたいのじゃ……』
『わかった、これも何かの縁だ、我の纏う風に同化することを許そう』
ティアがそう言ったのは、精霊の中で唯一風の精霊のみ他の精霊と同化できるからだ。
『ありがたい……すまぬな』
そう言って老人の精霊はティアが起こした風に手を添えると、瞬く間に吸い込まれた。ティアの髪はみるみる黒く染まり、まとっていた風も黒い塵を交じらせていた。
『着いたら起こしてやろう……』
ティアは風を伝いマカの元へ泳いだ。
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