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第二章 シェンダー鉱山

 地下街シェルダーから出たスレイは月陰域の森を王宮に向かって走っていた。矢がかすめたことでできた右肩の怪我には、布を巻いて止血をしてある。

『……大丈夫か?』

 オルクスが右横を走っているがスレイは沈黙のまま走り続ける。オルクスはスレイの左側へ移動して、大きめの声で、再び話しかける。

『俺はこのことを太陽王に知らせてにいく! くれぐれもマカを傷つけるなよ!』

 スレイの反応はない。

『……おーい、一人で大丈夫か? もしかして精霊水の効力切れか?』

 オルクスはため息をついて、方向を変えて走り出した。


「何してるんだ俺は……」

 スレイは走りながら片手で目で覆った。

「他の方法が思い浮かばなかったからといって……あれはないだろ」

 幼い王子が自分にした慰め方を、マカに実践してしまったことに困惑していた。

「なぜあんなことを……」

 胸にすっぽり包み込める細い肩や、鼻先をくすぐった甘い香りの髪、折れてしまいそうな腕からは想像もできない強い瞳ーー。

マカのことで頭がいっぱいになっていることに気づきながらも、どうすればいいかわからない。考えれば考える程、後悔の渦に襲われる。

「くそっ……なんとしても引き止めるべきだった……」

『スレイとやら』

「なんだ?」

スレイは動揺のせいもあって、頭上からの突然の呼びかけに雑に答えた。自分が返事をしたことで我に返り、走るのをやめた。息を整え声をかけられた方向に振り返ると、そこにはティアがいた。

「申し訳ありません、ティア様。……時間がない上でのお話でしょうか」

自分の判断ミスに冷静さを取り戻し、片膝をついて一礼した。

挿し絵

『オルクスから我の名を聞いたか……始めはシラを切っていたくせに、今更話すことなど他にないだろう』

「シェルダーの件でしたら、私も想定していませんでした。上宮までの時間が長引いてしまったこと、申し訳ございません」

 スレイは一礼した状態のまま、謝罪をした。

『ふん、心にもないことを言うなスレイ。我を探していたのだろう?』

 ティアの言葉にスレイは顔を上げて言った。スレイの無表情の奥にはかすかな焦りが見える。

「どこまでご存知なのですか?」

『その辺にいる精霊に聞いたのだ、お前の目的もな』

 スレイは口の端を少し上げて笑ってみせた。

「でしたら話が早いですね。……貴方には消えてもらいます」

その言葉にティアは目を細め、スレイを頭上から見下ろした。その瞳は怒りに満ちる。

『たかが人間のお前に、そんなことができるとでも思っているのか?』

辺りに風が舞いだし、ティアの憤怒を感じさせた。それに動じることなくスレイは言った。

「ご自分でお気づきなのではないですか? 今が、精霊界にお戻りになる時だと……」

『……我が消えたら、マカはどうなる?』

 ティアはわかっていた。マカの行く末を。

 スレイはその問いに口を閉ざしたが、その顔には迷いがあった。それを察知したティアは、スレイの前に降り立ち、吹き荒れていた風を納めて言った。

『スレイ、お前はなぜマカに本当のことを言わない? お前の目的を達成するには、マカに全てを話せば早いことだろう?』

それはスレイ自身の思っていた疑問だった。

「なぜ、彼女にすべてを話さなかったのか……」

『お前がマカのために我のことを秘密にしているのはわかっている。あの子に余計は重荷をおわせたくないのは我も同じだ』

スレイはティアの自分に対して同調する言葉に驚き、ゆっくりうつむいた。そして少しずつ心の奥に閉まっていた思いを話しだした。

「彼女を初めて見た時……泣きそうな、顔をしていた。すべてを話せば、今にも泣き崩れてしまうような気がして……言えなかった」

両膝を地につけ、スレイはその場でうなだれ言葉をつづけた。

「……いや、ちがう。そうじゃない」

ティアは黙ってそれを聞いている。


「彼女はまるで、あの日の俺のようで……」



 

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