太陽が真上に登り、強い日差しになった。泉に一人でいるマカをティアが見ている。マカは下着に薄地のシャツを着ただけの姿で泉の淵に座っている。腕や膝を布で拭きながら泉につけた足が時折波をたてている。
『悠長なものだ。まあマカが楽しんでいるならいい』
ティアは風に乗り、マカのいる泉の頭上をくるくる泳いでいるように飛んでいる。
「ドムナ国にこんな泉があったなんて」とマカは嬉しそうに言った。
「王宮に入ったら、もうここへはこれないだろうな」
ー なるべく音は立てないように、何かあったらすぐ大声をだすんだ
ふいに、そう忠告してきたスレイの真剣な顔を思い出した。
「いやいや、別にスレイと離れることがさみしいわけじゃなくて」
熱を持つ顔をパシャパシャと洗って立ち上がり、横たわっている木に座る。置いてあった髪飾りをつけ、短パンをはき、制服の上着を手にした時だった。パキッ小枝が割れる音に気づく。
「だれかそこにいるの?」
「これは驚いたな、髪飾りの女だ」
そういって茂みからでてきたのは容姿端麗の若者だった。マカと同じ年頃で、短髪にボロボロの布を纏った格好をしている。その手にはナイフが握られていた。マカはふたたび昨晩の恐怖を思い出した。
「ラジェ? どうした?」
茂みの奥から別の男の声がした。
「ああ、お前らは来るな、そこで待ってろ。……お前が兄貴が言ってた女だな、一緒にきてもらおう」
そういった後、小さな声で「早く服を着な」とマカに言った。マカは上着に袖を通し、服のボタンを閉めながら目印にされていた髪飾りを外しておくべきだったと後悔した。
ボタンを閉め終わり、髪飾りの位置を整えてから一呼吸入れ、マカはラジェの前に立った。ラジェから見たマカの瞳は力強く、”隠しきれない品”にフッと笑った。
「なんであたしを狙うの? 昨日の人たちと同じ目的?」」
「一緒にくればわかる、大きな声をだせば可愛い顔に傷がつくよ」
そう言いながらもラジェはマカに向けていた刃物を仕舞い、布でマカの両手を腰の後ろで縛った。痛くない縛り方に、マカは昨晩の賊とは違う優しさをラジェに覚えた。
「どうしてこんなことするの? 目的はなんなの??」
「私たちはシェンダーの民、目的は月陰王の意志を継ぐ王家への復讐だ!」
ラジェの言葉には怒りの感情が込められていた。
森の奥に進むと、広場に荷馬車が用意されている。
「視察は後だ、一旦シェンダーに帰るよ」
荷馬車の周りにいた男たちは頷いて乗り込む。マカはラジェに背中を押され、大人しく乗りこんだ。
(ワンちゃん、スレイ……)
その少し前、大木の下でスレイはマカが居る方に聞き耳を立て、読書をしている。
オルクスは暇なのでどこからか舞ってきた蝶を追いかけて遊んでいる
その様子を見てスレイはおもむろに言った。
「太陽王護衛精霊獣オルクス様、お噂はかねがね伺っています。」
「……ワンッ」
オルクスは(どうせ言葉を理解できないだろう)と吠え真似をして見せた。
スレイは本を閉じ、立ち上がってオルクスに近づいた。
「マカ様の頭上にいるのが風の精霊ですね? 噂通り黄金の輝きで驚きました」
『なっ!? お前、ティアが見えているのか?』
「はい。泉の雫を飲んでますから」
『俺の言葉もわかるのか、泉の雫……予備は?予備をもってないのか?』
「泉の雫を与えられること自体が大義に反すること、持ち出しなどもっての他です」
『そうか……お前、副総長のスレイだろう? 何しにきたのだ?』
「今回は第5部隊隊長として参りました」
『第5番隊……第二子皇子の隊がマカに何のようだ?』
「さすが”偵察犬オルクス”様、直属の主に関してもお詳しい。」
スレイは無表情のままさらりと嫌みをくわえる。偵察犬というのはオルクスのドムナ国での偵察はバレバレということだ。続けて訪ねた。
「マカ様とは言葉を交わされていないようですが」
『一般人に泉の雫を飲ますことは禁じられているからな』
「一般人ですか……精霊規範も厄介なものですね」
『ちっ、私を怒らせたいのか?』
「滅相もない。私は太陽王に急いである贈り物ができればそれでいいのです」
『こちらも時間がないのだ! お前なら分かっているだろう、月陰王がない今、そちらの勢力が太陽王より劣っていることを! ここは引け!』
「あいにく勢力の違う計る術は心得ておりませんので」
『ぐぬ……ティアを入れて2対1ということを忘れるなよ』
「精霊である彼女が今の状態で力を使えば、たちまち精霊界に引き戻されますが?」
『ぐぬ……太陽王の命令だ!こちらも引き下がれんぞ!』
「いいんですよ?マカ様にすべてを話しても」
『ぐぬ……なんて性悪なやつだ、ここは力ずくで……』
「静かに!」
スレイが何かの気配に気づき、オルクスの言葉を遮った。
『……クス! バカオルクス!』
遠くから聞こえるティアの声に、急いでマカのいる泉に向かった。しかし、先ほどまでいたであろう場所にマカの姿はない。
スレイは近くにあった木に登り、その横にオルクスも駆け上がった。目下になった森に目を向けて動くものを探すと、木々の隙間に遠ざかる一台の荷馬車が見えた。ティアがその荷馬車の上で遠ざかりながら叫んでいる。
『マカが攫われた! 早く……』
『しまった! さっきの逆賊か! 小僧、助けにいくぞ!』
「だめだ! 今行けばマカを盾に取られ全員が捕まる」
『どーすればいいのだ。というか貴様、敬語が抜けてー』
「行き先は分かっている、シェルダー鉱山だ。」
スレイはマカを助ける前に聞こえたその場所の名を口にする。
『ぐぬ・・・』
オルクスは辺りに生えていた草を食いちぎり、行き場の無い怒りをぶつけた。
第二章へつづく
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