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第一章 旅立ちと出会い

青年はたいして使わなかった剣を鞘にしまいながらマカに近寄ってきた。マカは混乱したまま震える自分の肩を抱いてうずくまっていた。

「立てますか?」と青年がマカに話しかけた。

「あたし……なんで?」

 マカは気が動転している。人間は身に起きた現実が非日常であればあるほど受け入れるまで時間がかかる。その様子を見ていた青年が手を差し伸べてきた。

「私の名は、アースレイ・ラーゲンジと申します。スレイとお呼びください。」

 その言葉にゆっくり顔をあげるとスレイと名乗った青年と目があった。

「スレイ……」

 スレイは無表情のまま、マカに言った。

「あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」

「マカ・ラマエールです。」

「ではマカ様、お怪我は?」

「大丈夫……です。あの、ありがとうございます」

 スレイに手を貸してもらい立ち上がる。

「マカ様、下級位である護衛団の私に敬語は不要です」

「え? あ、違います」

 太陽王の護衛犬が一緒にいることで、ルーイ国の王室側近と勘違いされたのだろうとマカは思った。

「あの、あたし……私は王宮使用人として働くためにルーイ国王宮へ行くところなんです。なので私の方が下級位です」

 スレイは無表情だった顔を少し驚かせた。

「使用人ですか……見たところ、学生にも見えますが」

 マカは自分の制服を見るスレイの視線に、本来スカートであるべきものが短い股袴なことが急に恥ずかしくなり、顔を赤くして経緯を話した。

「これは、礼服がなくて」

 スレイはマカを見つめながら何かを考えている様子だった。その横でオルクスとティアは二人の様子を見ている。スレイは目を閉じ沈黙の後、口を開いた。

「では、お互いに規則を守る必要はない。ドムナ国王立護衛団の俺と、ルーイ国王宮使用人の君が今後関わることはないからな」

 スレイの言葉にマカは驚いた。つづけてスレイは言った。

「……マカは、これからルーイ国の王宮に使用人として上宮するところなんだな?」

「えっと、うん」

 確かに自分がたまたま月陰王域にいたから出合ったまでであり、この先会う事もない。マカは考えた結果、発する言葉に敬語を無くした。

「スレイ、助けてくれてありがとう。突然のことでびっくりしちゃった。あ……、あと、このことは他言無用でよろしく」

 マカは人差し指を口の前に立てて強気で言った。だいぶ落ち着いたようだ。

「わかった。その前にマカ、ぜひ月陰王に会ってもらえないか?」

「え?どうして?」

「月陰王からルーイ国王宮へ贈り物を運んでいたんだが入室を許可されなかったんだ。俺の変わりに月陰王にお会いして、贈り物を届けてくれないか?」

 淡々と話すスレイのその顔からは、感情どころか本当の思惑など感じ取れない。マカは少し困った顔をして(迅速にってあったしな)と思いながらも助けてくれたことに恩返しをしなくてはと思い、スレイの頼みを受ける事にした。

「うん、助けてもらったし! いいよ!」

 マカは満面の笑みで言った。

『オルクス、貴様の毛を全部むしってやろう』

 背後から迫る怒りに満ちたティアの気配に、オルクスは寒気を感じた。

『待てティア! 目が据わってるぞ!これは俺のせいじゃないだろ!? それに力は使わないんじゃなかったのか?!』

『おのれ、なんなのだあの男は!』

 慌てたオルクスはマカの腰辺りに手をついて自分の存在を訴えた。

「ワンワンッ」

「ごめんワンちゃん! 月陰王様にお会いした後、すぐ王宮にいくから! ドムナ国王宮……もしかしたら闇の精霊を見れちゃうかも!」

 先ほどまでとは一転し、マカは無邪気に笑っている。

ティアとオルクスはスレイを睨みつける。スレイはマカにだけ視線を合わしてその様子を見ていた。

挿し絵

『王立護衛団ならこの先の道中も安心だ! しばらく様子を見よう!』

『ちっ! 時間がないというのに……』

 マカを助けた恩人でなければ力でねじ伏せてやりたいところだが、力を使うわけにもいかず、ティアの焦りは消えることはなかった。マカはさっそく移動するために落としていた荷物を拾いにいった。

「朝日が昇る前に少し休もう、あまり寝てないだろ?」

スレイの言葉にマカは素直に眠りにつく準備をした。


この国は季節が3期に分かれていて、2期の今は夜が肌寒くなる。茂みのない大木の下ででスレイは火をおこした。火は獣を寄せ付けないこともあるが、暖をとるためにはかかせない。マカは髪飾りを外し、持ってきていた毛布をかぶり、木の根を枕にして横になった。オルクスはスレイとマカの間に割って入るように横たわった。

「見張ってるから安心して眠ればいい」

 スレイは火が耐えないように火に木をくべている。マカはその横顔をうつろながらに見ていた。無表情の仮面をかぶっているような表情。

マカは、自分の身に起きた体験に恐怖する事なく夜を過ごせるのは、スレイがいるおかげなのだと実感していた。

「ありがとう、スレイ」

 マカは小さな声でつぶやいて、毛布をかぶり深い眠りについた。その様子をティアは悲しそうに眺めている。



 

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