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第一章 旅立ちと出会い

 ふとマカが正門を見ると、一人の少女がこちらに近づいてくる。黒く長い髪が腰まで伸び、白い肌が見え隠れする顔は下を向いているため見えない。

「誰だろう……あんな子いたかな?」

 少女の後ろに目をやると、小等部の男子が数人、勢い良くこちらに走ってくる。

「あぶないっ!」

 ホウキとゴミ袋が宙に舞う。同時に一人の男の子が黒髪の少女にドンッとぶつかった。

「きゃ!」

「うわ!」

 少女の小さな悲鳴が聞こえて、男の子は尻餅をついた。

「こら! こんなとこで競争なんかしたらあぶないでしょ!」

 マカは男の子に向かって拳を掲げて大きな声を出した。

 男の子とぶつかった少女は今にも膝をついてしまいそうな体勢でマカに支えられ目をつむっている。

「気をつけなさいよ!」

「はい! すみませんでした!」

 マカに一喝された男の子は慌てて立ち上がり、再び謝りながらパタパタと小等部棟の方へ走り去った。マカは支えていた少女を見て、声をかけた。

「あなた、大丈夫?」

「あ、はい」

 黒髪の少女はマカの腕をつかんだまま体勢を整えながら恐る恐る目を開き、何事もないことにほっとため息をつき、顔を上げた。

「あの、ありがーー」

 マカにお礼をしようとした少女は、その光景に思わず言葉が途切れる。

『おや? 我が見えるのか?』

 目があったのはマカではない。その頭上に浮いている人のようなもの。

 精霊とよばれるその姿は人間とさほどかわらない。耳の形の違いにより属性を判断することができ、その精霊の耳は鳥の翼のような形、つまり風の属性を表していた。

 黒髪の少女は精霊の存在というより、その容姿に驚いている。光が当たったまばゆい金色の髪と、髪の色よりも深い金色の瞳が際立っている。誰しもその美しさに目が囚われるに違いない。実際に黒髪の少女は目が離せなくなっていた。

『我が見えるとは、何者だ?』

 そう言われ、自分を映すその金色の瞳が細くなると同時に少女はマカを見た。マカはキョトンとした顔で少女を見ている。

「あの……ありがとう。あなたは?」

 動揺している少女を見て、不思議に思いながらもマカはその質問に答えた。

「あたしはマカ! 高等部2年のBクラスよ。あなた何年生? 名前は?」

「わたしはーー」

『我が名はティアだ』

 マカに続いて頭上の精霊も楽しそうに名乗った。

黒髪の少女はティアと名乗った精霊を、今度は顔を向けずに目だけで見た。

「何? 何かある?」

「いえ、何でもありません」

そう言って上を向くマカを見て、ティアのことが見えていないことを確認した。黒髪の少女は一つ呼吸を置き、マカを見つめてようやく名乗る。

「わたしはセラと申します。同じ高等部2年、クラスはAです。本日この学校に編入いたしました」

「編入? もしかしてお嬢様さま?」

 マカがそう聞くにはいくつか理由がある。このルーイ国とドムナ国に学校はここ、「両国共立学校」しか存在しない。大抵の子供はこの学校で大人になるまでいろんなことを学ぶ。その例外となるのは家に専属の教師がいる大企業の御曹司やお嬢様、もしくは王族であるからだ。

「ふふ、ちょっとお忍びで」

 とセラは優しく微笑んだ。この学校で編入生は珍しくないため、それ以上話そうとしないことは気にせずマカは質問した。

「セラは選考科目は何にしたの?」

「世界史学と精霊学です」

「あ、あたしも精霊学よ!」

「まあ、精霊学はあまり人気がないとお聞きしましたので嬉しい。マカはなぜ精霊学を?」

「うーん、いつか国の外に出て、精霊に出会えたときのために」

 セラは、マカの選考理由は頭上にいる精霊に関係しているのかと思ったが違った。

「そう、精霊に会いに旅にでるのね? それは楽しそう」

 この国に精霊はいない。加護を受けていたのは大昔の話だ。旅人や商人が語る精霊は、おとぎ話や言い伝えの中にでてくる架空の存在で、現実にいると信じる者はいない。そんな中、精霊に会いたいと言うマカの言動に驚いたり、バカにする人は沢山いたが、セラのように優しく同意されたのは初めてだった。

「うん!」

 マカは少し照れて、嬉しそうに頷いた。

「あたし着替えなくちゃ! またあとでね」

 そう言ってマカは、高等部棟の開口部にある靴箱まで駆けていく。

 風の精霊ティアはセラと2人になったのを見計らい話しかけてみた。

『おい娘、マカをよろしく頼むぞ』

 その問いかけにセラが応えることはなく、靴箱の前で鞄から取り出した上靴に履き替え、黙々と棟内に入っていった。

『だんまり姫か・・・』

 後に残ったティアはつまらない様子でつぶやいた。



 

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