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第一章 旅立ちと出会い

マカの母オリヴィアは絵を描いていた。たくさんの精霊の絵だ。幼いマカは母の膝の上に座り精霊図鑑と書かれた本を見ている。


ー ねえ、お母さん。せいれいってどこにいるの?

ー 精霊はすぐそばにいるのよ、マカのそばにも沢山いるからさみしくないのよ

ー あたしにも見えるようになる?

ー いい子にしてればいつか見えるようになるわ

ー わたしがマカに残せるのはこれくらいだから……


精霊図鑑を手にした母はマカの頭をなでながら言った。幼いマカはその言葉の意味をわからずにいた。マカは目の前にいる母親の顔を見ようとしたが顔は見えない。



「お母さん……」

 マカは草木の隙間からこぼれ落ちる日差しを眩しく感じ、目を開けた。目をこすりながら身体を起こし、辺りを見渡した。太陽が高く上がり、朝を通り越していた。

オルクスはマカの横でスヤスヤと眠っている。周りに人は誰もいない。ふいに頬に風が当たった。

『マカ、泣くな』

 ティアがマカの頬に息を吹きかける。その風で自分の頬が濡れていることに気づいたマカは、慌てて涙を手で拭った。

「久しぶりに誰かに甘えて眠りに付いたから、泣いちゃったのね」

 自分がもうすぐ18歳になるのに泣いたしまったことを恥ずかしく思った。


ほどなくしてスレイがマカの元へ戻ってきた。手には森で採取したであろう果物を持っている。

「気分はどうだ? マカ」

「スレイ、あたし、だいぶ眠っていたみたいね」

「いろいろあって疲れたんだ。食べ物を用意するから、もう少し休んでいるといい」

 マカは「ありがとう」と笑顔を作った。その目と頬は、少し赤みを帯びている。スレイはマカの笑顔に違和感のを感じたが特に気に留めない。

スレイが腰に巻いていた袋から布に包まれた固形肉と皿を取り出し、簡単な料理を初めた。マカはその時間を使って大木に背中を預けて座り、鞄から精霊図鑑を取り出した。それを開き、もう一つ紙の束を取り出しておもむろに筆を走らせた。

「ワン」

 身体をムクリと起こしたオルクスが、マカの膝に手を当てて鳴いた。

「何かって? これは精霊図鑑よ」

 本をまじまじとみるオルクスの頭をなでながらマカが続けて言った。

「絵師だったお母さんがくれたものなの。いつか私も精霊を見たときにうまく描きたせるよう、こうやって絵の練習をしてるのよ」

 精霊図鑑には精霊の絵の他に、特徴や生息地帯などの文字が並ぶ。その横にある紙の束には決して上手いとはいえない絵がかかれていた。

「学校で清掃の仕事をしてるんだけど、精霊がいたらこんな感じかなって妄想しながらするのが楽しいんだよね」

 ニコニコしている顔をオルクスは孫でも見るような顔でニヘニヘして見ている。

『気持ち悪いぞオルクス! 下品な顔でマカを見るな!』

『む、すまん』

 ティアがオルクスに一喝した。

「清掃員をしているのか?」

 スレイがマカの話を聞いていたようで質問をしてきた。

「うん、去年お母さんが亡くなって……生活費を稼がないといけないから。王宮の使用人になったらお金の心配もいらないし。まあ、本当は卒業したら旅に出たかったんだけど、お母さんの昔の職場はどんなだったのかなって」

 マカは自分に言い聞かすように言った。

「そうか」

 スレイから返ってきたのは淡白な答えだった。

マカは先ほどの夢で、母の顔が見えなかったことを思い出した。それが笑顔だったのかさえもわからず、目の前いるスレイを見た。

スレイはマカに麦を蒸したものと、固形肉と果物のスープを渡した。マカは「ありがとう」とそれを受け取り、スープを一口飲んだ。

「おいしい」

「しっかり食べておかないと、身体がもたないぞ」

「うん、……スレイはなんで笑わないの?」

 唐突な質問にスレイはマカを見た。マカはスープに映った自分の顔をどこか悲しげに覗き込んでいる。スレイはスープや果物など、自分の分を皿に盛り、料理のために新しく起こしていた火を足で消した。マカがいる木陰に入って腰を下ろし、下を向くマカに言った。

「俺に笑う権利はないからだ」

 マカはスレイの方に顔を向けた。人形のように整った顔からは笑顔を想像できない。

「……笑えばいいのに」

 マカは思わずつぶやいた。スレイはマカを見つめたまま言った。

「母親の代わりを見つけたいのか」

「な……そんなつもりじゃ……」

 否定しようと怒りがこみ上げてくるのがわかったが、それはすぐに治まった。

「母さんの夢を見たんだ。あたしを見て笑ってたのか、泣いてたのか……顔がよく見えなくて……別に自分が不幸だとかは思わない。悲しみを盾にして人にすがろうとも思わない。」

 マカは母が亡くなり、学校で清掃員を始めた日を思い出していた。さらに表情を曇らせて言葉をつづけた。

「でも、母さんの顔を思い出せないあたしは何か間違っているのかって不安になるの」

 オルクスはマカの腕に頬を寄せた。沈黙の後、スレイが口を開く。

「俺も、そうだった」

 その言葉にマカが再びスレイを見た。

「家族が死んで、一人で生きるために感情を殺すしかなかった。」

 スレイは、幼いときに殺された家族のことを思い出していた。炎の中、命が絶えていく両親と妹。その後、一人生き残った自分への情けなさや怒りを他人にぶつけた日々。そして、頬に触れる小さな手のこと。

「っ……あたし」

 マカは自分のことしか考えていなかったことに気づき、恥ずかしさでいっぱいになった。他人にすがろうとしている自分。スレイに笑ってもらえれば、母の笑顔を思い出せそうで、他人の表情に母の姿を探していた。

「ごめん、スレイ」

 マカはいくら知らなかったとはいえ、スレイのつらい過去を知り、それを利用しようとしていたことを後悔した。

「なぜ謝る? 死んだ者のことは生きている者しか伝えることができない。俺のように感情を殺す事で記憶を留めておこうとしていても、安定しない部分を他人の笑顔で救われたこともある。だから笑って過ごせるマカは強い。でも、笑顔を無理につくる必要はないんだ」

「うん」

 マカはスレイの言葉に気持ちが軽くなった。

「向こうに泉があったから顔を洗ってくるといい」

 そう言ってスレイは下を向いて食事をとり始めた。マカは、そんなスレイを見て、感情を殺しながらも人を思いやる心を持った彼について考えた。


(いなくなった人を忘れたくないのはみんな一緒だ。ママの笑顔が一番好きだった。それが感情をなくすことで鮮明になるとは思えない。あたしが笑うことでしてきたこととは反対に、スレイは感情を殺してきた。それはなんて悲しいことなの。あたしがスレイの分も笑ったら、スレイは救われるのかな……)



 

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